日本スクールコーチ協会 関西支部

コーチングで学校の児童・生徒の生き生き(イキイキ)と輝いた目を引き出しましょう。 私たちは、子どもたちを支える先生や保護者の皆さんのサポーターです。

ちょっとしたお話

子供の「やる気」の引き出し方

「ふつうの主婦」が見つけた「わくわくエンジン」のかけ方
https://news.yahoo.co.jp/byline/yuasamakoto/20170426-00069685/


この記事は、

   どうすれば、子どもの「やる気」を引き出せるのか

のテーマで書かれています。ただし「親」として。

親も先生も、このテーマは常に考えています。
先生がこの特効薬、特殊な方法を知っているのであれば、教えてもったらいいのですが、そんなものはありません。

もし、あるとしたら、

   『大人が、行動や考え方、見方を変える』
   『大人が「やる気」を出して取り組んでいる』

ことでしかありません。

リンク先の記事からことばを拾っていくと、

●「そういうもんだ」と意識しないくらい、そういうもんだと思っていました。
●「君これくらいだよね」って、大人の決めつけ
●息子に「君は生き生き働くんだ」と言っているのに「ママは?」て聞かれたら、言葉に詰まる。
 (上記リンクより引用)

大人がこれでは、子供の「やる気」はしおれてきます。

さらにキーワードを拾っていきます。

●人生というのは自分でその都度、選んでいくんだ
●目的はすべて「自分で考えて、選択して、行動する力を引き出すこと」
●答えは自分の中にしかないので、大人ができるのはティーチングではなく、ファシリテーションとコーチング。
 引き出す、認める、伴走する。いっさい教えないし押しつけない。
●「やりたい仕事」ではなく「わくわくする仕事」
●わくわくする目標を持てば、子どもは自分で動き出す。それに大人は気づいているようで気づいていない。気づき方がわからない。
 「相手を認めましょう、個性を認め合いましょう」って言うけど、先生とか親とか、子どもの成長に関わる大人たちが、自分や相手を認めるトレーニングって受けたことがあるんでしょうか。個性を認めなきゃってお題目のように言いながら、実のところは大人が、認めることができていない。
●1)絶対に見捨てない、2)一人ひとりに対する丁寧な学力向上、3)未来に希望を持つ
 (上記リンクより引用)

さて、大人は何をしますか?

確かに、リンク先の記事で取り上げられている「キーパーソン21」のノウハウを学べば、ワークショップなどを運営できるでしょう。

けれど、前半で引用したことを思い出してください。

「君は生き生き働くんだ」と言っているのに、「ママは?」「先生は?」と問われて答えられなかったら、子供から信用を無くします。
「仕事を頑張っている」
「給料のために頑張っている」
は答えになりません。

すぐに使える道具を学んで来るのは構いませんが、
子供でもそうですが、

  「その場で適当に対処できる方法を知ったら、常にそれを欲しがる」

ものです。
大人は、「忙しいから」と理由をつけて。

   『大人が、行動や考え方、見方を変える』
   『大人が「やる気」を出して取り組んでいる』

コーチをつけて、大人が変わっていきましょう。
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※注意
コーチングは、コツをつかめば誰でもできるものです。

・コーチングの仕事をしているプロのコーチ
・研修や講演など大勢相手にコーチングの方法を伝えているコーチ
・コーチングを学び始めているコーチ
・本を読んだだけのコーチ
・安い参加費の「子供コーチング」を学んだコーチ
・職場内のコーチング研修を受けて、社内でお互いにコーチングをしあうだけのコーチ

どれがよい、悪いということはありません。
あなたに合ったコーチを選んでください。

ただし、「コーチ」と名乗っていながらトレーニングも、日々の研鑽もなく、うわべだけそれなりの格好をしている人もいます。
同業他社・他者と比較して自分を持ち上げている人はやめておいた方がいいでしょう。

Twitterより『理由を聴く、名前を呼ぶ、顔を見る、オモチャを貸す、早くプリントができたら』

子供たちの成長を願いながら止めているのは大人たちなんだ。

















Web記事『大学の存在が遠い、大学生のいない町で中学生は大学をイメージできない』

学ぶ気が薄い生徒がいたら、
もしかしたらリンク先で述べられているような理由なのかもしれません。

『学ぶ』の意味
『テスト』の意味

これを実感させていないからかもしれません。

「学ぶ」を、「テストでいい点数を取るため」

と理解していたら、

「そんなのいいよ。あきらめた」

と言われても仕方ありません。



Web記事『タコ、母と感動できたから さかなクンのお魚ライフ』

さかなクンのお母さんの言葉。

(ジャーナルM)タコ、母と感動できたから さかなクンのお魚ライフ:朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/DA3S12438027.html より引用)

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将来本人が困ると言われても、「成績が優秀な子もそうでない子もいていい。みんな一緒ならロボットになっちゃいます」。
母の口癖は「命がとられるわけじゃないんだから」。失敗しても大丈夫だと安心できた。

(リンク先より引用)
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親も、先生も、この言葉とメッセージを子供に伝えたい。

グループやコミュニティ、集団は、形を揃えたがる。

   『多様性を受け入れる』

で終わるのではなく、もっと生かさないと。

だけどそのためには、

  「自分の目標(好きなこと)を持ち、自分の人生を生きる」
  「自分の目標(好きなこと)を究めるために学ぶ」
  「コミュニケーションから、自分にない視点・発想・情報源を学ぶ」

ができないとね。
子供だけじゃなく、先生も、親も。もちろん社会の大人も。

人から割り振られたことを「仕事」という名の「作業」をするのではなく、
「好きなこと」をしないと。

Web記事『保育士として子どもに寄り添うための感情・在り方・意識とは?〜保育現場コーチング ご報告』

保育士として子どもに寄り添うための感情・在り方・意識とは?〜保育現場コーチング ご報告
http://ameblo.jp/u-me-ha-na/entry-12167636572.html



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「ちょっと子どもを見ていてください」は、

子ども全体を見ながら、かかわりかたを見極め、
必要な時には臨機応変に怪我を防止したり、
介入した方がいいときには、
子どもの意欲や力を妨げない 適切な声掛けを行ってください。
あなたにこの子たちのかかわりをお任せします。

〜という意味であり、


「(とりあえず)遊んでいてください」は、

子どもと一緒になってあそんでしまう・・・のはNGで、
一緒に楽しみながらもひとりひとりの遊びを尊重して
一人一人の安全と遊びの状況を確認しながら
全体を把握して、そこに居る。

〜という状態(かかわりかた)が、求められています。

いやぁ、私たち(保育士側)、何気なく言っているんですよ。
けれども、さりげなく要求のクオリティが高いんです。

(上記リンク先より引用)
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実際に現場にいて、2つのことを思います。

●このようなことを新規の講師に指示する上司や先輩側が、
 これらのことがあるとわかっていない。

●このようなことを新規の講師に伝えていない。

どうしても、「教える内容」に注目してしまいがちで、

   「教える内容」が得意だったら大丈夫、教えられるだろう

と考えがちなんですよね。

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「ちょっと子どもを見ていてください」は、

安全管理と、
子供の感情の暴走を防ぐ視点。



「(とりあえず)遊んでいてください」は、

安全管理と、
子供の成長支援です。


どちらにも、「教える」は入ってきません。

子供の信頼や尊敬を得るためには、教える内容を
「わかっている」「できる」
が大事だけれど、それは必須ではありません。

記憶が確かではありませんが、

「スキーを教えるのが得意なインストラクターが、テニス教室でのコーチングを頼まれた。
 その人は、全国大会の上位に行ったどころか、まるっきりテニスができない。
 でも、その人にコーチングを受けた選手はめきめきと力をつけていった。
 試合に勝つために、上手になるために、長く選手を続けるために大事なことを選手に聴いていっただけだった。」

ということです。

子供たちに何を得てもらうか?

もちろん、教える内容を覚えてくれればいい、という考え方もあるでしょう。

でも、
「学び方」
「学ぶことの喜び」
「尊重されることで自尊心をはぐくむ」
ことのほうが大事だと思います。

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子供によっては、
このスタートラインにつくのがかなり困難な子がいます。

もともとの性格や発達の程度だったり、
家庭での育ち方だったり。

大人のことばの裏を読んだり、
ひねくれていたり、
自分の気持ちに正直じゃなかったり、
頼むのが苦手だったり、
「王様」ですべて自分の思い通りにしようとしたり。

それでも、
信頼されるために辛抱強く、
安全の場をつくり、
お互いを大切にするニュートラルな接し方
をしていくしかありません。

その時には、

「ちょっと子どもを見ていてください」
「(とりあえず)遊んでいてください」

で記されたことを、
自分のもう一つの視点で観察たいものです。

書籍紹介『人間脳を育てる 動きの発達&原始反射の成長』

発達障害の子供たちと一緒に生きるために、
という視点の本が出版されました。

著者は、灰谷孝さんです。

人間脳を育てる 動きの発達&原始反射の成長 by 灰谷孝

詳しくは、下記Blogをご覧ください。

治しやすいところから治す−−発達障害への提言
http://blog.goo.ne.jp/tabby222

Web記事『幼稚園児を子供扱いしなかったら驚きの成長をとげた話』

幼稚園児を子供扱いしなかったら驚きの成長をとげた話
http://blog.tinect.jp/?p=23648


こんな教育の場をつくりたい。もう一つ。

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サッカークラブのバイトのある日のこと。ヘッドコーチのKさんが靴紐を結べない幼稚園児たちに

「自分でどうにかしなさい。結び方なんて間違っててもいいからどうにかして園庭に集合」

と言いました。

そしてお母さんたちにも聞こえる声で

「なんでもお母さんにやってもらってるようじゃサッカーなんてできないよ」
「それにお母さんにサッカー行きなさいって言われたから来てる子も帰っていい。」
「自分がやりたいと思わないなら来なくていい」

と言い放ったのです。
そのKコーチは子供を子供扱いしない人でした。それは幼稚園児だろうが関係なかったのです。

子供を子供扱いしなかったら驚くほど成長しました。

(リンク先より引用)
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もうふたつ

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スポイルとは「甘やかしてダメにすること」「本来持っている良い性質を損なうこと」だそうです。

私は前述した「子供を子供扱いしなかったコーチのエピソード」が頭に浮かびました。

当たり前だと思ってやっていたことが実は子供の本来持っている良い性質を損なっていたんだなと感じました。つまり子供のサポートをしていたつもりのお母さんたちは子供を「スポイル」していたのです。

(リンク先より引用)
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幼稚園児でもやらせればできるようになるんです。本当の愛は子供に主体性をもたせることです。子供が自分で考えて行動できるように促すことです。

子供の為に何でもかんでも与えてしまうと自分で考えて行動することができなくなってしまいます。サッカーの基本はここなのです。

(リンク先より引用)
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「お世話」は「スポイル」と同じ意味です。

『生きる力』

これを子供たちに思いだしてもらいたい。

もともと彼らは持っているのです。
それを思い出させれば、それだけでいい。

僕が計画している「学び舎」でも、
( "ロボット" は例えばの言葉です。)

「なんでもお母さんにやってもらってるようじゃ "ロボット" なんてできないよ」
「それにお母さんに "ロボット" 行きなさいって言われたから来てる子も帰っていい。」
「自分がやりたいと思わないなら来なくていい」

こう伝えて、燃えさせなきゃな。

Web記事『異年齢により、小さい子が成長します。&「夢学童」環境の大切さ&「自立」するには』

異年齢により、小さい子が成長します。&「夢学童」環境の大切さ&「自立」するには
http://ameblo.jp/yumehoikuen20111001/entry-12158833477.html


こんな教育の場をつくりたい。

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子どもは、楽な方向に進みやすいです。「環境」が大切です。
環境を崩してはいけません。
勉強をする前に、環境作りです。勉強は、後からついてくるものです。
目に見えない部分が大切です。

 だから、夢学童保育を設立したのです。

 「自立」、「独学」と自分で生きる力を身につけていきます。

自分で身に付けたものは、一生ものです。忘れません。与えられたものでなく、自分から求めることは、
自分のものになります。

(リンク先より引用)
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もうひとつ

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同じ空手をおこなっていましても、自分から空手がやりたいと言ったことと、親から無理やりやらされて
いるのでは違いがあるのです。

「何のために空手をおこなっているか」何のためかが大切ではないでしょうか。
他の習い事等も同じことが言えます。

 何でもそうですが、子どもに何かやらせたいのであれば、無理やりでなく、子どもが自分からしたいと
いうふうに仕掛けないといけないでしょう。

やらされていますと、他人のせいにします。
自分がやると決めたことは、自分の責任になります。
これがヨコミネ式教育法の『自立』ではないでしょうか。

(リンク先より引用)
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「自分からしたいというふうに仕掛ける」
は、いかがなものか、と思いますが、
少なくとも、
「無理やり」
よりはいいですからね。

ただ、この「仕掛ける」は、
そういう意図に子供は気づきますし、

「乗っかってあげようかな」
「知らないふりして載ってあげた方がいいかな」

と考えるものです。


さらに、やった方がいいことはたくさんあります。
けれど、「習い事でアップアップ」になっている生徒にも出会っています。

冷静に考えるとわかることですが、
学校の宿題は学校の授業が終わった後でやります。
塾の宿題も塾の時間の後でやります。
習い事の練習も、習い事をしていない時間以外にやります。

上達するには、
学校の後、
塾の後、
習い事の時間以外に
たっぷりと時間をかけないといけません。

役者さんやタレントさんは、
先生に付いて習うレッスンとは別の時間にたっぷりと練習をします。
空き時間にすべての時間を使って練習します。

『自立』は、
このような練習時間を「自分から見つける」姿勢を持っていることです。

時間の使い方を子供が決めていますか?

Web記事『「目に見えない力」を養うと、学力は後からついてくる』

ある学校の姿が記されています。

『「目に見えない力」を養うと、学力は後からついてくる
 http://www.makikimura.com/2016/03/659/ 』


リンク先の記事から、2つ引用します。

 嵬椶妨えない力」について
〜〜〜〜〜〜
目に見えない力について、木村先生は「何事につけて自分で決め、自分でやり切る力」
〜〜〜〜〜〜

△匹Δ垢譴弌峺えない力」を養うことができるのか?
〜〜〜〜〜〜
・学校を地域に開放する。多様性の時代に、学校だけ「鎖国状態」でいいのか?
・学びの場では(先生と子供たちは)対等な関係性をつくるべし
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何度も引用していますが、

『渡辺直美さんのニューヨーク留学から考える『留学の成果』 (若松 千枝加 留学ジャーナリスト)
 http://www.huffingtonpost.jp/sharescafe-online/abroad-watanabe-naomi_b_8882040.html?ncid=fcbklnkjphpmg00000001 』


にあるように、
『目に見えない成果』がとても大切です。

本当の生きる力は、『目に見えない成果』をどの程度持っているか、で測ることができます。

ただし、『目に見えない成果』は、
『目に見える成果』を得ようとしてもがく中で得られるものです。
『目に見える成果』で最もわかりやすいのは、学力です。

逆に、『目に見えない成果』を得たら、
『目に見える成果』を得る自分にぴったり合った方法がわかります。

そのために、私たちは何ができるのか?
何に取り組まなければならないか?

リンク先の記事にある

△匹Δ垢譴弌峺えない力」を養うことができるのか?

です。
あなたは何を選びますか?

Web記事『勉強より大事なものがある?』

ぱろすけさんのTwitterより
https://twitter.com/parosky0/status/414621491552997376


「勉強より大事なものがある」

って、なんとなくわかる気がしていたけれど、
何のことを言っているかまるっきりわからないことにやっと気づいた。

そんな人にとって、
「意味のない勉強」って何だろうか?

もしかしたら、勉強したり、調べたり、研究したり、
・・・・それが「ゆるキャラ」かもしれないけれど、
それの楽しさを知らないんだな、きっと。

逆に、

 「何のために "学ぶ" のか?」
 「学ぶ楽しさはどこにあるのか?」
 「効果的に学んでもらうにはどういう状況を作ればいいか?」

を伝えたいですね。
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