日本スクールコーチ協会 関西支部

コーチングで学校の児童・生徒の生き生き(イキイキ)と輝いた目を引き出しましょう。 私たちは、子どもたちを支える先生や保護者の皆さんのサポーターです。

ちょっとしたお話

おじさんから甥っ子への手紙

あの場で話すと、「勉強しろ」と説教するような雰囲気になるから言わなかったけれど、
やはり伝えておいた方がいいと思ったので、手紙を出すことにしました。

この手紙は、もしかすると、今の君と同い年だったかつてのおじさん自身に伝えたいことかもしれないので、
「半分は自分あて」くらいのつもりで読んでもらった方がいいと思う。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「勉強を何のためにするのか?」

考えたことがあると思う。
もし、君が何かいい結論を持っているのなら、教えてほしい。
正直なところ、おじさんは学生の間も、働き始めてからも、考えたことはなかった。
「受験のための勉強」「資格試験のための勉強」と思っていたときに、やる気が出たことがない。
だから、その答えを見つけたと思ったのも最近のことだ。

結論から書こう。
中学までのだいたいほとんどは、中学生の誰にも、
‖膺佑砲覆辰浸に持っておいた方がいい必要な知識を得る
⊃誉犬硫歛蠅やってきたときにクリアするための考え方、スキル、体力を身につける

それが義務教育だ。
(数学は、パズルとしては面白いが、義務教育レベルで必要と思えないものもあるから、「ほとんど」と書いた)

高校、大学、専門学校、高専などは、
『自分がやりたいことをやる』ために
ー分に必要な知識を得る
△垢阿砲呂任ないから、できるようになるトレーニング
「学ぶ」とは、「教えてもらう」じゃなくて、「自分から取りに行く」ことをわかる時期
ぁ吻,寮賁腓鬚笋蠅燭させちを抑えて)哲学、技術、文学などの専門分野を学ぶ前に、
 それより大切な、
 それを学ぶ人の課題への向き合い方を知って、
 「なぜ学ぶのか」を考える場
ッ膣屬鮓つける

これが、「学校で勉強をする」理由
(「教育の義務」は、保護者が子供に教育を受けさせる義務。
 上記を満たしていたら、保護者が教育しても問題ない。)

そして、根本的な
「勉強は何のためにするのか?」の答えは、「自分がやりたいことをするため」。

だから、高校に入ったなら、宿題をやる、ワークをやる、テスト勉強をするというつまらないレベルの気持ちで勉強をしていたらいけない。
それは、勉強じゃなく、作業。
作業はつまらない。
もっとも、作業をおもしろくすることも、向き合い方次第で可能だし、
文句を言ってやっているようじゃ、おもしろくする発想なんて出てこないけどね。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

つまり、高校より上は、「やりたいことをやる」そのための学びの期間。
大人になってからでもできるが、高額になるし、時間をなかなか取れなくなる。

ところで、
「やりたいこと」って何だ?

「ゲーム」とかそういう話じゃなく、

〇笋呂海ΔいΔ海箸鬚垢襪肇謄鵐轡腑鵑上がる
△海ΔいΔ海箸覆蕁多少苦労があったとしても喜びがあるから取り組んでいきたい。成長していきたい
これをやっている自分は尊敬できる
せ笋呂海Δい時間が好きなんだと思う
しいたけ占いのことば より)


と思えること。

そして、
「やりたいこと」って、「やってみたいこと」をいろいろ試して、失敗しないと見えてこないもの。

学校の勉強も、部活の練習も、与えられて、指示されたことをやっているだけだったら、
顧問や先輩、同級生、下級生を「ダメな人」「能力がない人」とジャッジできても、
「自分がやりたいこと」は見つからないし、そのトレーニングにはならないんじゃないかな。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ということを伝えたかったんだ。

これらについて、思ったこと、感じたことを、
信頼できる、笑わない、秘密をばらさない人に話してほしいんだ。
話すことで、自分の思いに気づくから。

友達でも、先生でもいい。
君の一番の応援者のお父さん、お母さんでもいい。
もちろん、おじさんでもいい。



今回、おじさんが伝えたことに早く気づいて、
早く行動を起こせれば、
人生の楽しさの密度は違ってくるぞ。

おじさんの年齢でも遅くはない。
おじさんも、今年になって大きなチャレンジをしている。

あとは君次第。
読んで、今、何も思わなくてもいい。
将来何かの折に思い出してもいい。
反対の結論になってもいい。
すぐに行動を起こしてもいい。

それを決めるのは君。
「訳わからん」と捨てると決めるのも君自身。

自分の人生を決めるのは自分だし、
過去、決めてきたのも自分。
人のせいにしたのも自分。


高校入試から、自分で決めてやってきたのだから、大丈夫だと思うが、
おじさんがむかし、わからなくて、もがいていた時、その時の大人は答えと思えない答えを受け入れさせようとして、「口答えするな」を言われるばかりで、結局誰も助けてくれなかった
そんな記憶があるので、君に今、伝えたかったんだ。


最初にね。
「自分がやりたいこと」
を丁寧に探してほしい。
それは、職業じゃなくて、「その職業で自分が何を実現したいか?」だよ。


おじさんは、ほんとうに応援している。
(もちろん、君のお父さん、お母さんも応援しているよ。おじさんが保証する。)

大物の、夏休みの宿題が残っていませんか?

夏休みも中盤にさしかかり、やることといえば・・・
http://ameblo.jp/kaju-step/entry-12298162610.html


ご存知カジュさんのブログから。

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要は、

   「わからない」って思うだけの気持ちに
   どっぷりと はまって
   味わっていないで

です。

「わからない」
「嫌だ」
「面倒くさい」

と言いたい気持ちもわかる。

それは、大人になっても一緒だから。

でも大人はどうしているか?

・義務だから
・給料をもらっているから
・大人だから秘密の方法があるから
・大人になるとそう思わなくなるから

全部間違いです。

「面倒くさい」

って思わない人はいません。

けど、

・自分にとって必要だからな

と思ってはじめるのです。そして、

・自分がやらないと、絶対にほかの人は代わってやってくれないこと

とわかっているからです。そして、

・やってみたら、思っていたよりも簡単にできた。
 「嫌だ」と思っている時間にやったほうが早かった。

と、いろいろと経験してわかっているからです。

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学校によるけれど、
今も昔も、夏休みの宿題はそんなに量は多くないはずです。

宿題は『最低限のこと』。
だから時間はたっぷりあります。

あと15日くらいの夏休みを
自分がやりたいこと、探求したいことに使ってはどうですか?

僕の周りの生徒さんは、ホームページ作りをはじめたと聞きました。
プログラムをいろいろ書き換えるロボットの研究をしてもいいね。(市販のロボットでも結構いろいろできます)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今年の夏休みは1回だけ。
「嫌だ」
と夏休みの宿題を残して嫌な気持ちでずっと過ごすよりも、

もっと、気持ちよく過ごしたほうが、いいと思うけどな。

え?そういう嫌な気持ちを味わい続けるのが好き?

読書感想文でも何でも、文章を書こう

読書感想文に「つまらん」とだけ書いたら教頭先生に呼ばれ、その結果国語が大好きになったというお話
https://togetter.com/li/1135953
より








文章を書くということはこういうことなんだ。

手紙も、レポートも、新聞記事も、小説も、
人に読んでもらう文章を書くための基本的なことは、

・思いついたこと、気づいたことをそのまま表す。
・ほかにもっとないか考える。
・並べ替えたり、つなげたりする。
・言いたいことと逆のことを書いたものは、脇に外しておく。(後で戻してもよい)
・並べ替えたものを読んで、思いついたこと、気づいたことを書き出す。
・全体を眺めて、「一番大事なことは?」「僕の言いたいことは?」と考えてみる。

を繰り返していくこと。

手紙、レポート、新聞記事、小説の違いは、
読んでくれる相手が違うだけ。
でも、その相手によって、

・どの文体を使うか。(です・ます調など)
・事実だけを書くか、気持ちをかなり入れて書くか。
・相手が怒るかもしれないことを覚悟して書くか。

など、考える必要はあるけどね。

約束してほしいことがある。
自分の秘密を書くのはいいが、他人の秘密は書いちゃいけないよ。
書いていいのは、秘密を伝えてくれた本人が「いいよ」と言った時だけ。

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僕も、こうして文章を書いているけれど、
書くことで、自分が思っていたこと、気づいていたこと、考えていたことに
気づくことがたくさんあるから、書いているんだ。

それも、単なる自分だけが読む日記ではなくて、
大勢が読むインターネットの記事で書いている。

これは、「自分の覚悟」を決めているところがある。
そして、僕を知ってもらってなんぼ、わかってもらってなんぼ。

たとえ嫌われても、スルーされても、
自分に好意を持ってくれたり、共感してくれる人が残ってくれるならば、
それで十分。

君は個人情報が漏れた時に大変困るから
ここまでする必要なないけれど、
文章は、緊張せずに、
いっぱい書いて練習してほしい。

夏休みの計画をもう1回立て直そう

ご存知カジュさんのブログより。

いまさらだけれど、夏休みの計画通りに進んでいますか?

【小中学生向け】夏休みの計画の立て方2017〜1.時間を使う基準を決める
http://ameblo.jp/kaju-step/entry-12294621859.html


【小中学生向け】夏休みの計画の立て方2017〜2.やらないといけないことの量を把握する
http://ameblo.jp/kaju-step/entry-12294626309.html


【小中学生向け】夏休みの計画の立て方2017〜3.どう取り組むかはアナタ次第
http://ameblo.jp/kaju-step/entry-12294629162.html


これから書くことを読んでもいいけれど、
上記リンク先をしっかり読んでもらった方がよりいいぞ。

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【概要】

1.時間を使う基準を決める
自分と約束をし、自分との約束を守る

2.やらないといけないことの量を把握する

3.どう取り組むかはアナタ次第

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僕はコーチだし、カジュさんもコーチです。

魔法を教えられません。

けれど、

   「自分を信じて、
    自分で考えて、
    自分で取り組んで、
    自分で結果を得る」

って、魔法以上に魔法だと思いませんか?

魔法を教えられないけれど、
君の能力を最大限生かして取り組む応援をすることはできる。

「応援」って、
君のほんとうのところを知ろうともしないで、
『がんばれ』ということじゃないよ。

君の本当のところを聞かせてもらって、
『君が考える』
手助けをすることなんだ。

応援は、
『君がその気になることが最初』

「応援して」

の声を待ってます。

「ちょっと難しい」はどれくらい難しい?

日本語で開発要件を正確に伝えるのは難しい
「ちょっと難しい」にはどういう意味があるか
http://toyokeizai.net/articles/-/183047
 より

以下は、学びラボの子供たち向けに書いています。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜

人とコミュニケーションをとるとき、
自分の文化で「普通」な言葉を使います。

けれど、同じ日本語を使えても、
日本語でも標準語を使えても、
関西弁を使えても、
相手にすべてが伝わっているかどうかはわかりません。

自分に近いことばになればなるほど、
疑いもせずに「普段のことば」を使います。

でもね。
リンク先は海外生まれで海外の文化で育ってきた人。
日本語は日常生活が不自由ないくらいの人。

けれど、

   「ちょっと難しいね」

から、

   「難しい」よりレベルの高い「大変難しい」

と理解することはできません。
そのうち慣れてくるかもしれませんが。

でもおそらく、「日本人同士」と思っていても、同じようなことが起こっています。
日本人同士だと、許されない間違い、という感情的な問題になることもあります。

だから、君たちが社会に出るころには、
こんなのと近い、「専門用語」や「仲間ことば」だけで終わらないで、
しっかり表現してほしいのです。

社会に出る間にも、
高校時代からは「理科の実験レポート」
大学時代の「レポート」、「卒業論文」など、

期限通りに、先生の機嫌を損ねないように作るのだけではなくて、
先生からの

   「不明確な言葉の指摘」をしっかり受けて、

ことばを変えていく練習をしてほしいんだ。

相手に伝わることばを使う、というのは、大事なことだよ。

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《余談》

「ちょっと難しい」
「小ぎれい」
「小汚い」
「小ずるい」

など、「ちょっと」や「小」がついている方が、レベルが高いね。
ということは、

「小吉」は
どうなんだろうか?

「子供の学習習慣をつけさせる」ために方便として「強制」も必要?

「子供の学習習慣をつけさせる」

というと、

「毎日机に〇時間座らせる」
「学校から帰ってきたらすぐに宿題を済まさせる」
「定期試験や夏休みの宿題は、計画的にできるようになる」

ことを思い浮かべがちです。
子供に期待していることをぼんやりと考えているときはそうでもないですが、
並べて見比べると、

「ともかく終わらせる」
「勉強は面倒なもの」
「親の手間がかからないように」

といった、『エゴ』が見えてきます。

わからないでもないですが、それは子供のための話ではないので、いったん脇に置きましょう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

以下は、最近Facebookに書いた文章の一部です。

> コーチングを受けようと思わない人のクライアント力を上げることができないのと同じように、
> 将来を考えたいと思っていない子供たちの将来を描くサポートをできないのも事実。

2文目は、子供が、

   ・自分で目標を決める
   ・そのための手段を考える

といったことを想定しています。

でも、これも含めて、

   ・自分なりの勉強スタイルを見つける
   ・まるで「習慣」のように、勉強の方法を身につける

これは、「勉強のスキルを身につける」ことと一緒です。

スキルは、トレーニングで身につきます。
トレーニングは、その都度頭で考えなくても、必要な行動を選んでできるようにすることです。
トレーニングに役立つのは、コーチングです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

コーチングは、引用した文章のように、

   「クライアントには、コーチングを受けようとする意志が必要」

とされています。もっと極端な言い方をする人もいます。

でも、「子供に学習習慣を身につけさせる」って、
本人の意思を待っていたら、いつになるのでしょうか?

大人であっても、「学習習慣を身につけたい」って、どれくらいの人が、いつ、願うでしょうか?

大人と子供の違いは、
子供は、

   ・強制であっても、ある程度は受け入れてくれる。
   ・反応が素直である。
   ・結果がわかりやすい。

子供だからって、強制していいわけではありません。
むしろ、丁寧に意思と感情を拾い上げていかなくてはいけません。
それを忘れていはいけません。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

その上で。

「クライアントの意志」は、
成果を最大にするために必要で、
他人の習慣や潜在意識にかかわることの倫理的な課題、
クライアントがマイナスの結果を得た時にコーチが自分を守る法律的側面
クライアントから料金を頂戴するビジネス的側面(コーチのトレーニングのためには、金銭と時間の投資をしてきたので回収する必要があるし、高額になる)
のために必要なのでしょう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「習慣」となっていることは「スキル」です。
「スキル」は、トレーニングで身につけることができます。
トレーニングは、「自分の意志」と「トレーニングせざるを得ない仕組み」の両輪で行います。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

以下は、僕が今思っている一つの視点の意見です。
一般には、タブーだったり、否定される考え方です。
今後、意見が変わることもありますことをご了承ください。

コーチングでは、「クライアントの意志」の比重を大きく考えすぎているのかもしれません。

コーチングを受けようと思わない人、学習習慣を身につけようと思わない子供

意思を尊重していたら、おそらく一生その機会はありません。
ワークショップなどに誘うのも、「意思を尊重する」から外れるように思います。
「誘って」
「本人が了承して参加して」
「楽しい気持ちになって、自分の課題の解決法がここにあると思って」
「コーチングを受けようと思い始める」

「意思を尊重した」とはいえませんし、誘導です。
「よかれと思って」も、誘導は誘導です。

これまでの学校教育のカリキュラムも誘導でした。

そして、誘導でもしないと、知る機会がなく、トレーニング法を知る機会もなく、トレーニングすることもない人は大半です。
そもそも、「知らない」ときには誘導されないと、知る機会もありません。

通常のコーチングは強制はよろしくない、
という意見には10点満点の8点くらいの高い割合で賛成します。

でも、学習習慣を強制的につけさせるのをよろしくない、と否定するのは、
10点中2点くらいと、ほとんど賛成しません。

方便として、その時は理解されず、反発され、嫌われても、
強制的に学習習慣を身につけさせる、のは必要だと思います。
先生の側に、味方がいない中で
くじけずにやり続ける体力、気力もまた必要です。

学習習慣がそれでよいのであれば、コーチングも同じと言ってもいいでしょう。

あくまでも『方便』と十分に理解して実行できる、
コーチングや学習習慣への深い理解と、
関わる人への愛、
姿勢を貫き続けられる、気力、体力が必要で、

「方便」があれば「本当のこと」があり、

「本当のこと」も伝えられること、が大事です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

結論
「本当のこと」を、学習習慣もコーチングも
相手の身についた段階で相手に伝える力があり、
相手も受け取れるのであれば、
「方便」として、強制したり、むりやりやらせることも一つの方法。

子供だからって、強制していいわけではありません。
むしろ、丁寧に意思と感情を拾い上げていかなくてはいけません。
それを忘れていはいけません。

「勉強する」スキルを子供たちにつけさせたい

【補足追加】子供からも親からも不評だった小学校5,6年時の担任・Y先生の指導方法が「時間差」で素晴らしい教育結果を出した、というお話
https://togetter.com/li/1129454
 より

まずは、リンク先に書かれていたことを整理します。
この先生は、下記のことをされていました。

1) 毎日10分間のミニテスト ⇒ 毎日採点
2) 定期テスト前に子ども自身に目標と計画を立てるよう指導
3) 子供一人一人が作った計画表をチェックし、実行するように個別に指導
4) 最初の確認は親などに任せ、親がどう確認したかを含めて、計画の進み方を個別に見てた
5) 計画表の確認欄に親が印を入れる
6) 親子面談が多いし長い

この中の2〜5は、「子供は計画を立てて実行する。親や先生は同伴する」です。

計画を立てるのは大事です。
だって、子供は手当たり次第に、
指示された宿題の範囲だけ、
最低限形だけでも整うようにやろうとします。

(これは子供だけのことじゃなく、
 社会人でも、同じやり方をしている人はいそうですね。)

でも、実力がつく勉強は、
   ・自分で範囲を把握する。
   ・自分で目標を決める。
   ・確実に決めたことを実行する。
   ・実行したことを確認する仕組みをつくる。
   ・実行できなかったら、次回の改善策を考える。
   ・勉強したことの結果をテストで確認する。

この繰り返しです。
本来は、学校であれば1単元、1か月、1学期、1年、受験まで、
それぞれのゴールがあるでしょうから、
それごとの期間ごとの「目標」を立てる必要があります。

勘違いしちゃいけないのは、
学校の教科書の進行がすべてではなく、
受験がすべてでもなく、
「自分が興味あること」
「今自分が資格試験などのための身につけなきゃいけないこと」
にどのように取り組むか、
その能力を身につけることが第一ということです。

「勉強する力」
「自分の関心事を実現する力」
「生きる力」

これらは、『スキル』です。
トレーニングで身につけられることです。

けれど、目の前の課題を済ませることにしか目に行かず、
それをとにかく終わらせようとして、
終わったら落ち着いて計画を立て直すかというとそういうことはなく遊んでしまいます。

自分に合った勉強の仕方、学び方
   ・・・・目標そのもの、目標の設定の仕方、計画の立て方

本来学校の勉強は「基礎学力をつける」という目標と同時に、
これらを身につけるためにあります。

逆に、「学力をつける」ことが優先されて学び方が後回しになって、
「学力をつけられない」という事態になります。

滋賀県発祥のことばに

   「急がば回れ」

がありますが、「勉強法を身につけさせる」ことが、結局目標に早く確実に到達するのです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜

この時、何が大切でしょうか?

「実力がつく勉強法」の一覧を紙に書いて、子供の前に貼ればよいでしょうか?

それでうまくいけば、簡単ですがそうはいきません。

子供の前に貼るとしたら、

   「子供がわくわくして取り組みたくなる、自分で決めた目標」

です。
親や先生として、そんなのわかんないですか?
当然です。

   「子供が自ら見つけて、ことばにする」

ことからはじまります。
リンク先の先生の例だと、子供も面倒くさいと思っていたようなので、
「わくわく」はしていませんね。
だとしたら、

   「子供がいろいろ考え合わせて判断して決めた、自分の目標」

を立てたらいいのです。
これは、先に書いたように『スキル(技術)』です。
スキルは、誰にでもだいたい共通で、
練習したら上手になれる
ものです。

スキルの上達も、「目標」にできるのであればしたらいいですが、
人は面倒くさがりです。わりかしみんな忙しいものです。
よほど自分に利点があって、身につけられると思わないと、
スキルの上達目標など決めません。
そして、スキル上達のための練習などしません。

だから、子供であればなおさら、もしくは、子供であっても大人であっても、
「強制的に練習させられる機会」
が必要です。

練習ですから、1回きりではダメで、繰り返し行う必要があります。
成果がすぐに出れば、その仕組みに気づいた人が自主的に始めるかもしれません。
成果が出ても、出なくても、
「スキルを身につける」
ためには、1年以上やり続ける必要があります。
そうしたら、本人の好き嫌い、すぐに成果が出るかどうかにかかわらず、
「習慣として」
「無意識に」
まさに「身につき」ます。

リンク先の先生は、
子供からも、
親からも、
同僚の先生からも、
「そこまでしなくても」と思われていました。

それを、小学校5,6年生の2年間やり続けたそうです。
その結果、生徒だった筆者は
習慣、
というか、自分の普通の手順として
身についたようですね。

「自分にとって普通の手順通りにすること」を、
『習慣』と呼ぶのですが、
おそらく「習慣にしよう」と教室の前に掲げていたら、
反発されて、反対運動の形でつぶされたかもしれません。
リンク先の先生は、「勉強のやり方」を身につけてもらいたかった一心だと思います。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜

僕も教室で、
「目標を決めよう」
「期限を決めよう」
「自分ができる手順を考えよう」
と提案はしたことがありますが、

「はいはい」

と口調は調子よく、具体的なことは何も口にしないで流されてしまいました。

だから、生徒、子供たちに、「目標を立てさせる」、「計画を立てさせる」のは、大変な労力、もしくは用意周到な流れを設計する必要があり、とても大変なことです。

最初の山場は、「計画を立てさせる」ところ、
次の山場は、「繰り返し確実に実行させる」ところです。

その親や先生の行動も「スキル」ですね。
スキルを身につけるには、コーチングを受けることです。

(お気づきのことと思いますが、
 実は、子供たちへのかかわり方の核心も、「コーチング」でした。)

子供たちのため、お互いがんばりましょう。

「勉強する」とは、「問題の解決の仕方」を見つけ出す力を身につけること

プログラミングのプの字も知らない文系エンジニアが普通のエンジニアになるまで
http://qiita.com/chooyan_eng/items/260aa61cc3f888224f53


リンク先の記事は、「エンジニアになるためには」という趣旨ですが、

   『勉強するってこういうことだ』

というお話が書かれていましたのでキーワードを中心に紹介します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
学生(特に高校生)までは、「勉強」というと英単語を覚えたり、数学の公式の使い方を覚えたりと「覚える」ことで「正解の決まった問題を解く」ことを指していたのですが、エンジニアの勉強では「覚える」必要もなければ「正解」があるわけでもありません。

そもそも、エンジニアが知るべき範囲は人の脳が覚えていられるほど狭いものではありません。(中略)一生かかっても完璧には理解しきれない分量の情報が存在します。

そのため、「勉強」で意識することは「覚える」ことでなく、「こんなことをしたければここを調べれば良い」といった索引のようなものを作っていくことです。細かいことは本やインターネットがちゃんと覚えていてくれます。自分は「そのような情報が存在する」ことだけを理解していれば良いのです。

また、エンジニアの課題に「正解」はありません。先輩も、上司も、何をどうすれば正解か分からない状態で、「きっとこうすれば課題が解決するだろう。なぜならこうこうこういう理由だからだ。」といったことを自分で考え、結論を出し、それを信じて前に進みます。

こうなると大事なのは「知識」ではなく「考える力」です。今存在する選択肢を数え、それぞれの選択肢を選んだ場合の未来を予測し、一番望ましいと思われる選択肢を判断し、それを実現するために手を動かします。プログラミングは、そのプロセスの中の「手を動かす」という部分であるに過ぎません。エンジニアは、プログラミングの文法を覚えるだけではなく、論理的に、説得力のある説を組み立てる頭の使い方もこのような勉強を通して同時に鍛える必要があるのだと思います。

(上記リンクより引用)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜

僕は中学、高校時代、驚いたことがあります。

普段は早く学校に行っても生徒はあまりいないのに、定期テスト期間中は普段より早めに行っても駐輪場がいっぱいで、教室がワイワイガヤガヤしていました。
今から思えば、ですが、
  「学校での授業」
  「塾での勉強」
  「定期テストのための勉強」
  「本人の夢や目標のための努力」
の意味がすべて違っていて、取り組み方、姿勢がまったく違ったようでした。

「最適な、最小の努力で何とか過ごしていく」

ということかもしれませんが、当時は理解できませんでした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

当時の記憶とリンク先の記事の「勉強する」を比較すると、ずいぶん違います。

比較に意味はありませんし、どれが「本当か」といっても意味がないように思いますが、

  『勉強する』とは、リンク先の記事に書かれていること

が正しいようです。
当時これを知っていたら、もっと自信をもって人生を考えられたように思います。

  「どのような時も、丸を付けてもらえる回答をすること」

ではありません。
こんなことを考えたら、一言も口を開くことができなくなります。

とても大事なことです。
  「どのような時も、丸を付けてもらえる回答をすること」そのための努力をする。
  その目標は間違い。
です。

ありえないことです。
その分野は、最近話題になってきたAIに任せればよいことです。

それよりも、リンク先の記事にあるような
  『勉強を続けること』
です。
  『目標の設定方法を理解し、適切な目標を設定し、勉強すること』
です。

親(保護者)、先生の役割は重大です。
管理や評価が簡単なので、

  「どのような時も、丸を付けてもらえる回答をすること」

としがちです。
やはり親(保護者)、先生が、自ら変わることしかありません。

  「私たちの子供の頃はこんなことしてもらえなかった」

と、「悪い運動部の伝統」のような考え方をしちゃいけません。
自分から変わるんです。

#Core_Infinity #学びラボ #コーチング #学び #気づき #生きる力 #課題設定力 #なんとかする力 #滋賀 #草津 #守山

子供たちって、意外に創作を苦手に思っている?

「日本人がまた変なもの作ってる…」世界中で大ウケの工作家・乙幡啓子さん
https://irorio.jp/kamiiiijo/20170702/405688/



「子供たちって、意外に創作を苦手に思っている?」

と思う時があります。
ブロックのロボット教室で、こんな子供たちを見かけます。

   1.一通りテキスト通りに終わらせてから、アイディアのおもむくままに
     パーツを追加していく生徒
   2.一通りテキストを終わらせたら、おもむろにすべて分解して自分が
     作りたい形にしていく生徒
   3.途中からテキスト通りではなく、自分の思い通りに作りたい生徒
   4.最初から自分の作りたいものだけをつくりたい生徒
   5.テキスト通りにやりたい生徒
   6.テキストに書いていない改造、特に写真がなくて基本アイディアだけ
     書かれているのでは何もできない生徒

個性というか、多様性で「うわーっ」となります。

同じ言葉がけでは全員が受け取ることばにはなりません。
一方で、「最低限のこととして、テキスト通りに作って、書き込みをして、写真を撮ったらあとは何をしてもOK」では、教育に責任を持っているとはいえません。
とは言っても、生徒はあまりに多様だし、関わる生徒の数が多くなると、そうせざるを得ません。

ただし、「3」「4」は、

   「テキストの文章や表現を理解できないから、ごまかすために、
    自分ができることを "したい" と主張している」

という面もあるので、観察・観察が必要です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

それで、「創作」の話。

「創作」をしているのは、上の例の「1〜4」の生徒です。

できない生徒に「創作しろ」と命令したところで固まって立ち尽くすばかりです。

おそらく、頭や心や考え方や身体などいろんなところが固まっているので、ほぐしてあげたいなあ、と思うのです。

そういう子供は、授業の時間内で「できている子供」を見たら、比較してさらに固まってしまいます。

「創作」は、「授業時間内だけでない」と伝えるだけでも元気づけられます。

そこで、リンク先の記事です。

記事の主人公の乙幡啓子さんは記事通りの人です。


> 唯一無二のアイデアを生み出す乙幡さんの「ものづくりの心得」を伺いました。
> 乙幡さん アイデアは考えに考えて出てくるものです。お風呂に入っている時や電車に乗っている時に、ぱっと閃く時もありますが、それも頭の片隅で常に作品のことを考えているからです。
 (上記リンクより引用)


創作し続けている人も、結局はこういうことです。
「好きなこと」「やると決めたこと」は、ずっと考えるのです。

学校の授業やロボット教室は時間の制限がありますが、
もともと「創作」には時間制限はありませんし、
誰かと比較されることもありません。
正解もありません。
商売として比較されたとしても、「それを好きな人」から好かれたらいいだけです。

「創作」は、筋肉トレーニングと一緒で、
やればやっただけ力がついてきます。
できるようになるし、レベルが上がってくるものです。

そうそう。
「創作」は、絵、ブロックなど造形物だけではなく、
ゲームのルール、遊び、友達作り、
音楽、歌詞、メロディ、演奏、文章、ことば、
一日の過ごし方、勉強の仕方など
ありとあらゆるものが対象です。
すべて新しいものを創作しないといけないのではなく、
本に書いていたことのアレンジ法も創作です。


子供たちが創作し続けられるように、どんなサポートをすればよいでしょうか?

将来をイメージできたら、勉強への取り組みが変わってくる

塾を運営しているコーチ仲間とミーティング。
成績アップはもちろんだけれど、現実感をもって目標、目的、夢を描いてもらわないとな。
2020年東京オリンピック後の人口減、もしかしたら不景気といったシビアな現実を見せつつ、
働くとはどういうこと、大学に行くとはどういうこと、生活するとはどういうこと、という、
リアルな自分の選択肢になるものを見せて、自分の人生をつくっていく気持ちにさせたいね。
そうしたら、勉強への取り組み方も違ってくるし。
という話。

ただし、コーチングを受けようと思わない人のクライアント力を上げることができないのと同じように、
将来を考えたいと思っていない子供たちの将来を描くサポートをできないのも事実。

やれるところから、そして、できれば分担できる仲間をつくる。
コーチングを伝えている僕たちだから、動かないとね。という結論。
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