(花まる先生 公開授業)歴史、白黒つけられる?
東京・筑波大付属小学校 由井薗健(ゆいぞのけん)さん(45歳)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12936451.html


僕は、現代のことでも過去のことでも、事実が書かれていて、
それをどのように読み取り、
自分はどのような意見を持つか
を問われる問題が好きでした。

けれど最近、ロボット教室の生徒と話していると、

時事問題、
意見を述べる問題が
苦手だとのこと。

これは、すべての教科にわたる力のように思う。

もちろん、問題を解く能力や、問題を速く解く能力などの
「テストの回答マシーン」
としての能力は、コツさえつかめれば簡単に鍛えられます。
受験などの試験を通るには、そのような力は必要です。

日常生活でも、仕事でも、
計算を速くする能力や、
球の体積の求め方・公式などを覚えていると、何かと便利です。

けれど、時事問題など、自分の意見を述べるときの考え方を聴いていると、
かなり薄っぺらに感じるときがあります。
テレビで誰かが言っていたことを言っているだけだったり、
クラスの多数の意見をそれらしく言っているだけだったり、
ネット上でよくあるのが、反射神経的にラベル貼りした言葉で即座に定型文で答えたり。

一つの正解があって、
それに合わしているだけのように思います。

いろいろな考え方の人がいるんだから、認めなきゃ。
それより、自分でしっかり考えたら、
ほかの人の意見と違うことなんていくらでもあるから、
それを引き受けなきゃ。

こだわるばかりじゃなく、
意見を変えることを恐れていちゃいけないし、
他人にどれだけ言われても、自分が考えた意見という事実は変えられない、と知っておきたいことだし。

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ある一つのことに、うれしい側面と、うれしくない側面があることも、知っていないとね。

米を作るようになると、
食料は安定する。
一方で、定住しなくてはいけなくなるし、
自然災害で米がとれなったらどうするか、
食料が安定して、家族が増えたら、もっと食料がいるようになるし、
家族以外の人とのコミュニケーションが増えるが、それがいいことか、とか。

目の前の事実に対して、
条件や考えなきゃならないことは無数にあるし、
それによって、近い未来、少し遠い未来、遠い未来がどうなるか、
途中経過は一つの道だけという訳じゃないし、
一歩横にずれていただけで人生が変わることもある。

ということを感じられる授業は必要ですね。